青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

ふざけた愛しみを味わったまま

なんでいつもこうなんだろうな。
わたしはあの人の隣にいないし、あの人の隣はあの女の子がいい。



電車で隣に座った人が、なにかに集中していると落ち着く。わたしの文章を読まれなくてすむから。その間、わたしは何にも焦点が合わずに、隣の人の文章を目で追ったりもするけど。



映画を見たあとは、その世界の色や空気がフィルターみたいに目を覆って、普通に過ごしてるつもりでも心はここにない感覚になる。何度もみた映画であればあるほど、深く潜るように厚くなる幻想。わたしはもうここにいるわけじゃない、心の大部分はここにいない。だけどそれも永遠ではなくて、気づくとなにも変わらない自分だけが取り残される。やだな、でも、映画みちゃう、だって面白いし。たくさんの世界が頭の中にあるということは、きっと幸せなことだ



寂しいという感覚はきっと、突き抜けたあとに味わうべきものだ。目標も持たない自分には、寂しさは似合わない。事実今わたしは寂しくないよ。いつか、寂しかったこともあるけど。いまはどこかに向かってとにかく走ったり、そこできっと誰かに会えるんだろうと思って進むしかない。だからきっと寂しくない。もっとがんばれ。とにかくなんだか眠いんだよな。

おやすみなさい。


思考するのが人間なんだろうか?サピエンスという曲を聞くと、星野源は寂しさを抱えてるのが人間って言いたかったのかな?って思う。わたしはまだ半人前。人魚みたいなものかもね、「わたしたちはもともと泡から生まれたのよ」って、そういえばポニョのお母さんが言ってた。




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