青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

知ってたかもしれない

あなたのことよく知ってたかもしれない。
でも、全然知らなかったかもしれない。だからごめんね。

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お久しぶりです、お元気ですか?わたしは元気だったり元気じゃなかったりしました。なんとまあ、一か月以上あいてしまった。わたしの住む街はもう夏の面影がありません。


STUTSのニューアルバムが楽しみです。懐かしいはずの景色がそのまま未来に見える。どうしてなんだろう?このままずっと、単位がわからなくなるまでずっと続いているものなのかもしれない。見えている、目にしたはずの色や形、仕草、まなざし。これは、思い出して瞼の裏に映っているのか、それとも今なのか、はたまた遠い先?教えてくれてありがとう、過去/今/未来の、わたしやあなた。


STUTS - Conflicted (Official Audio)



ビルエヴァンスについて読んだり聞いたりみたりして過ごしています。自分で気づかないと面白くないと、いろんな人が言っているけどそのことをよく忘れてしまうね。忘れるたびに教えてくれてありがとう。技術は新しいけど、内容はずっと変わらない。新しいものの組み合わせなのに古くて、古い者ものなのに新鮮。重なり合って、混ざり合いながら、たどりつくことはすごい、パワーだなと思う。

最近、さみしさやおかしみみたいなもののことをぼんやりと思っている。ずっと心を奪われながら、なんとか生き延びてこられたなとありがたい気持ちがした。夢中になってる時間っていつもあっというまだ。いいことだと思ったら結果的にはよくなかったり、傷つけたつもりが勇気づけていたりする。どう転ぶかわからないから、全部の気持ちが本当なんだと思う、本当の、無駄も全部、ぜんぶが全部なのだと思う。死ぬまでの、すべて。だからどんなにだめだと思っても、自分で終わらせちゃだめだよ、終わるときは勝手に終わるんだから!


さみしくても笑っていられるのは、本当にさみしいからだ。さみしいと思えるのは、楽しかったから。

指の混ざり 頬の香り

祖父の家に切り花がたくさん届いたので、いくつかもらった。それを部屋に飾って、家の中で「休憩しよう」と思うたびに撮影した。家でずっと仕事をしていると、一息つこうと思ってもすでに休んでいたような感覚になる。花を撮るのは丁度いい気分転換になる。

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わたしは花を人のように見てしまう癖があって、この花も寄り添う恋人のような気がしている。画全体に対して花に近付きすぎていて、良い写真とは言えないかもしれないけど。

近付きすぎるとよく見えない。最近考えていることはそんなことだ。

他人と同じチームになること、家族になること。近くにいると、相手の性質が自分にも移る。同じように、相手にも自分が移っていく。そうやって反射していく、愛おしい営みが、たまに不安になる。不安になるのは自分に自信が持てないからなのだけれど。他人は自分ではないはずなのに、自分と似た部分が多くなりすぎて、まるで自分を映しているような気がする。嫌なところを見つけると、それも自分を映していると思い込んで、傷つけたり傷ついたりする。

ずっとそばにいて、考え方や仕草が重なり合っていくことは嬉しくて、でも相手が変わってしまうようで少しさみしい。そんなふうに考えてしまうのは、傲慢だろうか。一人はやっぱり気が楽だ。それでもわたしは結局、誰かと一緒にいることを選んでいるからそういう性格なのかもしれない。ないものねだり。


まあでも。そもそもあまり心地よく暮らせていないのかもしれない。日記は書いているけど、好きな音楽を聞いたり、好きな洋服を買ったり、そういう自己表現が足りてないのか。歳を取っていくことって難しい。意識して何かしないと、体も疲れやすくなるし。「わたしのこの腕時計ほんとに素敵だな」って気持ちだけでは生きていけなくなっていく。とはいえ、かわいい色のノートを買ったらしばらくわくわくするし、そういう偶発的な購買活動は必要、贅沢は味方。


○△□

逃げ恥再放送を楽しみにして生きている。星野源「恋」が改めて好きだ。
3年前は特に「揺れる笑顔も」という歌詞に心を震わせてたんだな。そもそも逃げ恥って、3年前なのかあ。当時は今よりはちゃんと見ていなかった気がする。
limon3.hatenablog.com

「泣き顔」「黙る夜」の対比としての「揺れる笑顔」。過去には「グー」という曲もあって、その曲の対比もうまい。

「恋」の歌詞は音と言葉の組み合わせが絶妙で耳障りがいいから、よく読んだことがなかったけど、文字で追ってみるとぱっと理解できない箇所がいくつかある。

恋をしたの貴方の
指の混ざり 頬の香り
夫婦を超えてゆけ

「指の混ざり」、手をつないでいることを表す、星野源らしい言葉だなと思う。でも、貴方の、に続くなら、横顔とか後ろ姿とか、もっと固有のなにかが適切なはず。「貴方の 指の混ざり 頬の香り」はどういう意味なんだろう。ってずっと考えてた。

逃げ恥6話で、新婚旅行という名の社員旅行に向かった2人は、帰りの電車の中で正反対のことを考える。みくりは「自分から行動することに疲れた、もうやめにしよう」と気持ちに蓋を閉じようとするのに対し、平匡は「自分はみくりのいろんな表情を知っている」と気持ちを再確認する。真逆な思考回路のなかで「あと一駅、永遠に着かなければいいのに」という気持ちは重なり、とても素敵なシーン。

ドラマを見て号泣しながら(気持ちが重なる瞬間にわたしは弱すぎる)、この歌詞は、あなたの横顔が可愛いくて大好き、とかそういうレベルの歌詞じゃなかったんだって思った。つないでくれた手のぬくもり。抱きしめたときの安心感。歌詞の「貴方の」に続いているのは、優しさや愛情ということになる。すごい歌詞だ、と勝手に納得して、更に泣けてきてしまった。



言葉を持ち歩いていると、生活の中でふわっと花が開くように、思い出して深く理解できる瞬間がやってきたりする。そうやって味わえるから、詩はすごい。

今日も生まれる未来

何日か前の、坂本裕二リモートドラマ「Living」でのセリフ

思い出はいつも未来の中にあります

ただ 今は思い出すだけ - 青のなかをもぐる


本屋で見つけた、永井宏「マーキュリー・シティ」の帯で、こんな素敵な言葉を見つけた。

過去に輝いていたことは
僕はいつも未来だと思っています

マーキュリー・シティ


夕方になっても、明るくて嬉しい。夏が来る。
この本の装幀は、この季節の気持ちに似ている。さわやかで、日差しが眩しくて、そんな中誰かを追いかけていたことが胸をよぎる。


未来はずっとこれまでもこれからも続くって前向きでいようと思う。とりあえず、今日はそう思うことにした。


ふいに、「未来」という曲を思い出す。暗くなってからぬるい湯舟につかると疲れがとれる。今日も生まれる未来。気づくと明日が来る。

いつか見えなくなるもの

気づいたら、私の頭の中の4/5くらいは恋愛で、残りが生活のこと。という感じでした。いまさらながら。えへへ。
記念に「恋」というカテゴリを作ることを考えた。が、過去をさかのぼるとすべてこのカテゴリーに入ってしまう気がする・・・つまり「まいにち」カテゴリーがそれだった。ので却下!


〇△▢

怪傑えみちゃんねるに出てた磯村勇斗くんのエピソードを聴いてすごい恥ずかしい気持ちになる。

一目ぼれした相手からご飯に誘われて何度か会う間に、告白をしたら「わたし好きな人がいるの、でもあなたとご飯に行くのは楽しい」と言われて引いたという話。


もしかして、わたし、似たようなことをよくしているかもしれない。うわ、してるかもしれない、、うわわ。「このようなブスが・・・申し訳ありませんでした」と思いました(大人になったのにまだ容姿の話から始めてしまうの、そろそろやめたい)。異性と友達になりたい、と思っているけど、自分の性別を抜きにして友達になれない気がして、ずっとずるいままでいる。友達になる気ないんじゃなかろうか。もっと自分に自信を持たないと。でも友達のギャルが「恋人にしたい異性じゃないと友達になれない」と言っていて、「たしかに~~~!!!!」とも思ってしまうのでした。


〇△▢

逃げ恥、特別編として再放送中ですね。最高です。
星野源の「恋」というタイトル、秀逸だなと思った。恋って。!わくわくする。なんかその一文字見ただけで泣きそうになる。
恋

ーーこの曲調にして「恋」というタイトルが乗っかっているのがまた痛快ですよね。

星野:自分としてもすごく過激なタイトルだと思っていて。ただ、自分のなかで合点がいったのは「恋」という言葉が日本独特のもので英語に訳せないんですよね。だから、日本特有の機微がある「恋」という言葉はイエローミュージックのタイトルにするのにぴったりだと思ってたんです。やっぱりこのタイトルがいちばん気持ちよくておもしろかったので「恋」にしました。

realsound.jp

なんとなくわたしが恋で思い出すのはだいたいもっと"じとーっとした"雰囲気だ。
大好きな映画「愛のむきだし」の修行のシーンで、"空洞で連想する言葉を言ってください"という題目で、主人公ユウが答えるのは「恋」。
太宰治「斜陽」の中の「恋、と書いたら、あと、書けなくなった。」という文章も強烈な印象がある。
この二つに共通しているのは、"恋"の実態が色濃いことかもしれない(実体の密度が大きい。でもはっきりと言葉で説明しつくせない。それを恋という記号で表現していてかっこいい)

機関銃みたいな強さがある、恋という一文字には。

〇△▢

ここまで書いてみたけど、今、わりと恋のおわりにいるかもしません・・・笑
これもまた人生。

ただ 今は思い出すだけ

思い出してばかりいる日がある。


サカナクション「ナイロンの糸」

このまま夜にかけて
多分少し寒くなるから
厚着で隠す あの日のこと

この部分、すごく懐かしい気持ちで聞いていたんだけど、きっと北海道にいるときの歌詞なのだろうなと想像する。「(この町のこの季節ならいつも)このまま夜にかけて多分少し寒くなる」という意味だと思う。この言葉を無意識に頭の中で補いながら、そう思っている。
ずっと同じところに住んでいると、郷愁に憧れたりする。この街の夏はひんやりとしている。別の場所に1か月もいると、その肌の冷たさが懐かしくなって、結局わたしはここにいるのかもしれない。
サカナクションの山口さんは釣りが好きだから、振り返れば海があるんだろうな。波は寄せて返すから、揺れながら記憶を映し出す。わたしは数年後、この狭い部屋のことを思い出すのかなあ。大体暗いけど時々日の入る部屋。いつか窓の大きな眩しい家に越したいと思っているから、そうなったら思い出すだろう。数少ない日差しのありがたみの暖かさのこと。やっぱりいつも傍にあると忘れちゃうよね。

834.194



〇△▢


坂元裕二のリモートドラマ「Living」を見た。好きな言葉が散りばめられていた。
阿部サダヲ演じる作家に話しかけるドングリが言ったセリフがね、ちゃんと思い出せなくて。「思い出はいつも未来の中にあります」ってノートにメモしてあるけど、これ、逆の「未来はいつも思い出の中にあります」のほうが感覚的に正しいんだけど・・・

思い出は過去だから既に存在していて、そこに未来を見出すことができる。「いつも」ならなおさらそっちのほうが正しいような気もするから、メモが誤っているかも
ただ、思い出がいつも未来の中にある、って、未来が過去の部品から構成されているようでそれもそうかもしれない。考えていくとそっちのほうがなんだか嬉しい気もするな


〇△▢


昨日の玉置浩二ショーで、小林薫が言った「どこか素朴で素人っぽい部分が残されている方が心が掴まれる」という話がとてもよかった。芝居や音楽はやるほど職人のように巧くなってしまうけど、そうじゃなくて受け手の心を掴みたいという話。



考えれば考えるほど、わたしは自分ならではの技術や存在感を何も持っていないな。それでも楽しいと思うことがしたいし、何かを頭で好きだと思う前の心の震えや驚きを忘れたくないと思ってる(よく忘れちゃうけど)。
だからってなにもしないと素人のままだから、きっと練習のその先の話なんだろう。玉置浩二はめちゃくちゃ歌がうまいし、小林薫もずっとそこにいるみたいに自然な俳優だ。型が完全に体に染みついて、没頭しているときに現れる性質ってとても強いものだから、わたしみたいなぺーぺーはまずは何かを繰り返し覚えていくところから。

生きてるだけで

昔から、過去の記憶を自分の中に置いておくのが苦手だと思っていて(他人と詳しく比較できないので、思い込みにも近い)、何でもいいから毎日文章を残すようにしてきた。覚えていられないのは、日記を書きすぎたせいかもしれない。

連続的に描き続ける日記を始めたのは10歳で、その頃はただ楽しいから書いていた。なんとなく周りの人に自分の話をするのが苦手だなと思ったのには、好きな人の話ばかりするから茶化されて不服(もっと話したいのに腰を折られる)だとか、単発的であまり会話にならないような話のほうが得意だとか、たくさん理由はあった気がする。日記のおかげで自分とうり二つの友達と話せているような気がした。



日記を書くことすらうんざりするような気分が続いて、10日近く、空白の日々が生まれた。ぽつりぽつりとは思い出せるような気がするけど、それは記憶を捏造しているような雰囲気もある。「せめて何かしていた」と思いたくて思考が勝手に日常を作り上げてるような。




息をするように考えてしまうような対象がライフワークになっていくとして、文法は正しくそれなりにまとまった量の文章を書くことはわたしにとってライフワークなんじゃないかと思っていた。好きだし、すぐにできるし。ただ、心が死んでいると日記もかけない。大人になるまで気づかなかったことは、ある意味幸福なことかもしれない。


そんな日は、空想の文章、現実から始まってちょっとずれた着地をするような話を書いてみようかな。自分でいろんな気持ちを工作できるならそれも楽しいだろう。

何かを作っている手順を説明するとか。昨日、過去に購入した雑誌を読んでいて、料理のページは読まない自分に気が付いた。人の部屋を紹介する記事が好きだ。「こんな部屋良いな」「あこがれるな」といういい気持ちの先に、「自分もそうしたい」が無いからかもしれない。本当に、ただどうぶつの森で動物の家を訪れるような感覚で、知らない誰かの家を見ている。楽しい。この人はどこでどんな光を浴びて、雨の日はどこで過ごすんだろう、とか。これはきっとわたしの趣味

「食べることに興味がない」というのは、もう大人なんだから、悲しいなと思う。興味がなくたって1日3度何かを食べているのだから、丁寧に真剣に、何を食べるか考えてみたほうがいいんじゃないか。そうやって興味がないから逃げるなんて!(でも苦手だ食べ物のことを考えること)(きっと一人なら、ずっと同じ味のカレーとか、ずっと同じ味のミートソースとかでいい)(でも、わたしは一人では生きていけない性質の人間だと思い込んでいる)

まあでもそんな感じで、なんか気づいたらその時点でちょっと自分にも変化が起きて、だんだん変わっていくよね。常にいいほうに、いければいいな


ほんとは今日は、"好きで好かれて、でもその作用によって結局人は変わってしまうから、最初に好きだったその人はもういない"って思ってたことについて、書き残しておこうと思ってここに来たんだけど、脱線したのでいつかにする。
久しぶりに、「生きてるだけで、愛。」を読んだ。やっぱり、誰かと一緒にいる、ということはかけがえのないことだ。新潮文庫の解説が好きだという記憶があったんだけど、その通り、仲俣暁生さんの書いたこの本の解説が好きでした。
生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)
(ちなみにこの本を知ったのは、ツイッターのmegane_megane_さんという方の

部屋を片付けてたら、高校時代に男の子からもらった絵葉書が出てきた。裏に「僕にとって○○さんは五千分の一秒です」

というツイートからでした。こんなこと言われる人生、すごいな・・・)



日曜日だから、山下達郎のサンデーソングブック!先週はLove can go the distanceのおうちアカペラが聞けてすごくうれしかった。ステイホームが始まって良かったことの1つは、山下達郎のラジオがステイホーム仕様になったこと。(逃げ恥が再放送していることも!わたし、当時、第2話ちゃんと見てなかったのか、「逃げるは恥だが役に立つ」という言葉の意味をこのまえ初めて知った)

もう暑くなってきたけど、この曲を聴くと秋や冬を感じる。寒い日の心の温かさを思う。音楽はどこにでも連れてってくれるような気がする、どこかで誰かが歌っていることに思いを馳せれば、勇気が出る。そういう大事なことを、忘れても思い出せるように過ごしたい。

僕はここにいる

自分を鏡で見ているつもりだったのに、鏡の中の自分は人から言われたことで形成された妄想だったりする。



好かれたいと思ってる相手と話すと、たいてい「自分はなんてつまらないんだろう」って思っちゃうヤバい
でもよく考えてみたら今ここにいる自分は果たして面白いんだろうか?って青い疑問を持ったりする。ほかに考えることがないと!(他の考えるべきこと全部放棄した結果!)


www.1101.com

そんな人は

自分にとっての一番を目指さなきゃいけない

うおぉお。今まで、いろんな回答を見てきたけど、すごく突き刺さった!!

「みんな自分のことはつまらなく見える」
とか、
「それでいいんだよ、あなたはあなただから」
とか、、
そういうのじゃないんだよね。って思ってた!!!


(そして、結局やっぱ検索して答えを見つけてしまう感じ、、、やっぱつまんない自分!!!!!)


自分にとっての一番を見つける。
失望するにもまずは何か始めないと。

うーん、誰かに褒められる未来も、億万長者になる可能性も全然嬉しくなくて、ただ何かを眩しいって思いながら笑ったり泣いたりしてられればいいのに、それって何なんだろう?

まずは、そういう未来が自分の道の先にあるかもって思ってる中途半端な淡い気持ちを、きっぱりなくすことからかもしれないね。


〇△▢



昔のインタビューで、「僕はここにいる、っていう事実が一番、好きとか愛しているとかいう言葉よりも強いと思った」みたいなの言ってた気がする。

強い歌だ、レミオロメンの電話。
電話



〇△▢

私が誰かと繋いだ手のその先で、誰かがあなたの手を繋ぎますように
坂元裕二それでも、生きてゆく」)