青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

泡みたく輝いて

4月に書いた日記。


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おひさしぶりです。やっとわたしの街も春らしい陽気になってきました。


あまりに日記を書かずにいたら、周囲の人にばかり話しかけてしまって、ちょっと迷惑かけてると思ったので書きます。そもそもわたしはおしゃべりな人間なのだ。たぶん。聞いてほしくて仕方ないタイプだ。がはは



とはいえ何が喋りたいわけでもない。霜降り明星が面白いとか、宮下草薙の草彅がなんだかん だすきとか、、



そうそう。仕事場と家を往復してると、自分には何も好きなものがないんじゃないかと言うような気がしてくる。最近好きなことをしてないな → 好きなことなんてないのかも、というループにすぐに陥る。

でも心の拠り所はいくつかあって、それはお金を稼いでいてもふわっと思い出す。



いつかきっと「何もない日常が一番幸せだったんだな」みたいな言葉も青臭く感じるのだろうか。光が眩しいと泣きそうになる。崎山蒼志はどうして泡が輝いてるのを知ってるんだろう。

190513 Mon.

習慣はすごい。人は積み重ねで緩やかに変わる。


日記を書いていない。何も考えてないわけじゃないけど、何か思っても頭の外へすぐに逃げていく。思考回路や言葉のメモをとることも少なくなった。少しずつ性格が変わっていく気がする。



友達とは心を支えたり支えられたりしている。きっと別にわたしの性格を気に入っているからとかではなく、存在していることによる安心感などで結ばれている。






何かがつらい、家族に連絡をとってみたら、文章がすんなり伝わらないことだったり、親戚との会話が苦しかったり。





まぁそんな愚痴でも、素晴らしいことでもなんでもいいから、また書こうかなって思いました。

190327 Wed.

日記を書かなくても生きていけるし、音楽を聞かなくても死なない。

この1年でよく思ったこと。



じゃあ生きていくのに本当に必要不可欠なものってなんだろう?と思うと、最低限の衣食住と人とのつながりだけかもしれない。


日記や音楽はそれとは別の場所にある。どんな文章を書いているか、どんな音楽を聞いているかを、他人にどう思われようと構わない。ただ自分が満足するためだけにしていることだ。そもそもわたしは(人は?)満たされるために生きているのかもしれない。それならわたしの人生には日記も音楽も大事な要素かな。

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星野源という人の発する「未来」という言葉が好きだ。地に足がついているニュアンスがあり、確実に自分が未来にいるような気がする。危うさがなくて、うれしくて、泣きそうになる。そういえば何年も前のアルバムに「未来」というタイトルの曲があったけど、あのときの未来は日常の延長のような気がしたな。あの未来を思うと、日曜日の夕方みたいに不安定な気持ちになる。そう考えると、大きな舞台に立って目標を達成していくことや困難を乗り越えること、努力して成長することの偉大さを感じる。すごいな。でもわたし、どの星野源さんの曲も好きだ。どのアルバムも、聞いていた頃のことを思い出せるから特別。


○△□
音楽も生活を豊かにするけど、思い出も大切だ。心の中から取り出すと眩しいようなたくさんの出来事を忘れずにいる。

冗談みたいなやりとりが忘れられなくなったりする。思い出を食べて生きていければいいのに。


仕事をしているけど、別に好きなことはしてもいいし、もっと好きなことに時間をさこうかな。おしゃれとかしてもいいのよ





そんなことを思っていたんだ

僕でいいくらいは言わせてみたいのさ

酩酊したまま、春の月の灯りで家までの道を追いかけた。明後日にはまた雪が降るそうだ。不思議な季節。不思議な街。不思議な時期。不思議な時代。


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もしかしてお久しぶりですか?


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今月はすでに2週間以上すぎて、税金のことに関するブログや、未婚だけど妊活をした人のブログや、シフト制の仕事をしながら追っかけをしている人のブログなんかを読んでいた。



急に夜間の温度が10度近く上昇したから、外で電車を待っていても実感がわかない。凍える寒さは自分の輪郭や芯をはっきりと知らしめてくる。いまのわたしは内も外もぼんやりした気分だ。頭の中は雪が降っていたときのことを思っている。心は、夏の夜のひんやりとした空気のことを想っている。



酔っているのでback numberの一番初めのアルバムを流して、イヤホンを強く耳の奥に詰め込んだ。インディーズの水色のジャケットのアルバム。このアルバムを手に取った早さでは、100人以内に入っていると自負するくらい、すごい速さで好きになった。
このバンドがいくら大きな存在になっても、わたしはいまも弱虫で、いじいじしてる。このアルバムのまっすぐさと、完成しきっていない音が好きだ。きっとずっとこんなふうに聞くと思う。



もっとたのしく、穏やかに楽しく、生活してもいいんだと思う。極端なわくわくは、そんなにたくさんやってくる波ではない。もっと身近な「かわいい」とか「うれしい」とかの積み重ねでいいと思う。そんなことをすぐに忘れてしまって、心がしおれていく気がする。


花には水を、魚にも水を

レコードを持っていくよ

わたしの好きな曲、YouTubeにはないんだ。サブスクリプションにあるのかな。CDはもう廃盤になっちゃってるみたいなんだ。でも大好きなんだ。


自分の仕事ってなんだろう?ということを考えると、自分の好きなものってなんだろうとか、自分の色ってどんなだろうと思い始める。明るい?落ち着きがない?穏やか?よくわからない?

わたしが絶対に譲れないものはなんだろう。わたしの中にはなにかルールはあるだろうか。


もっと周りのひとのいいところを見つけたい。こうしたらいいのにというところも見つけたい。自分がこうなれたらいいのに、というのも、たくさん見つけたい。


一人で歩くとどうしても足早になる。誰かに会いたくて急いでるのかも。わたしの好きな音楽を聞かせたい。



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ふざけた愛しみを味わったまま

なんでいつもこうなんだろうな。
わたしはあの人の隣にいないし、あの人の隣はあの女の子がいい。



電車で隣に座った人が、なにかに集中していると落ち着く。わたしの文章を読まれなくてすむから。その間、わたしは何にも焦点が合わずに、隣の人の文章を目で追ったりもするけど。



映画を見たあとは、その世界の色や空気がフィルターみたいに目を覆って、普通に過ごしてるつもりでも心はここにない感覚になる。何度もみた映画であればあるほど、深く潜るように厚くなる幻想。わたしはもうここにいるわけじゃない、心の大部分はここにいない。だけどそれも永遠ではなくて、気づくとなにも変わらない自分だけが取り残される。やだな、でも、映画みちゃう、だって面白いし。たくさんの世界が頭の中にあるということは、きっと幸せなことだ



寂しいという感覚はきっと、突き抜けたあとに味わうべきものだ。目標も持たない自分には、寂しさは似合わない。事実今わたしは寂しくないよ。いつか、寂しかったこともあるけど。いまはどこかに向かってとにかく走ったり、そこできっと誰かに会えるんだろうと思って進むしかない。だからきっと寂しくない。もっとがんばれ。とにかくなんだか眠いんだよな。

おやすみなさい。


思考するのが人間なんだろうか?サピエンスという曲を聞くと、星野源は寂しさを抱えてるのが人間って言いたかったのかな?って思う。わたしはまだ半人前。人魚みたいなものかもね、「わたしたちはもともと泡から生まれたのよ」って、そういえばポニョのお母さんが言ってた。




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190224 Sun.

やったら楽しいだろうな、と思いながらやってないことたくさんある。


海外に住んでいる人のSNSなんかを見ていると、いいなぁ行きたいなぁと思う。あの子と今も一緒にいたらわたしは今北欧にいるのかな?とかくだらないことを考えたりする。
でもすぐに、誰かを頼りにして生きるのなんてわたしらしくないから、今の生活がいいんだよね。と思い直す。決定は相談せず一人でしたい。だから時々損をする。人が見ればけっこう損をしているかもしれない。でもまぁ、それでもいい。



あるきながら、目についたキャラクターの名前で大喜利をしたことを思い出す。広告のついた看板を見るたびに思い出す。でもいつかきっと、あの広告も変わっちゃうんだろうな。そしたら思い出はその場所で思い出されなくて宙ぶらりんかな。




大きなドームでも小さな劇場と変わらずに「世界は一つじゃない」って歌ってくれて、また救われました。幸せでいてほしい





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