青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

180613 Wed.

(6月17日に更新、13日の日記)


風邪をひいた


家族からもらったのど飴が尽きて、ハローキティのかわいいポーチのおまけだったキャンディを口に入れた。メロン味。よく知っている味だった。

楕円や長方形で、表面がぶつぶつ模様がついている飴。おばあちゃんとデパートや遠足に行くと、いつもくれた。いろんな味があって、でも真っ白なのは辛くて食べられなかった。

とても懐かしい味。口ざわりも知ってる。



ときどき無敵になったり、もとに戻ったり、忙しい。今はなんだかとても弱気だ。風邪のせいだろうか。


はじめから大きな差がついているときはどうしたらいいんだろう。前なら自分は自分と思えたけど。

思い出の束になる

志村正彦がボーカルだったころのアルバムで、一番好きなのはずっとTEENAGER だった


久しぶりにCHRONICLE を聞いてみたら、涙が止まらない。大丈夫か自分


CHRONICLE


たぶん、「若者のすべて」について、それまでは立ち止まって考えようとしてたけど歩いたり音楽を聴きながら前に進めばいいんだって気づいた、というような話をしていたのが記憶にある。


その先の未来に立っているひとが、こんなに女々しいことに、なぜか心を揺さぶられる。このアルバムがこんなに苦悩しながらの状態で作られたことにあまり気を留めていなかった。


眠れないことの辛さも、別れの切なさも、忘れてしまうことのむなしさも、ぜんぶわたしは知っている。その胸の痛みを思い出せる。ひとつひとつは個人的な事象なのに、どうしても歌詞に共感してしまう。



わたしはなにも後悔してない。すぐ忘れてしまうから、後悔する材料がなくなる。それでも最近は、言葉にできない感覚のレベルで、なんだか辛い気持ちになっている。なにも不自由してないはずなのに、常にイライラしている。焦ってるのかもしれない。それで迷惑をかけているひとがいて、更に不完全な気持ちが募る。終わりが見えない。ごめんね。ごめん



とりあえず、ひとりで立ち止まって考えようかな。そういうターンもありだよね。むしろ、これまでの中で一人だった時間はとても長かったわけだし、頭の中がきちんと空っぽになればいいな

幸せな話がしたい

「最近単純なことばかりしてる」
『いいことだ』
「いいの?」
『だめなの?』
「いい」

急に、本屋で交わした会話が、実は素敵だったんじゃないかって気がした。意識してないだけでいつだってみんな、ドラマのなかにいるのかも。そして、生まれたらその時点で、その物語は自分が主役でもいいのかも。




と思えるくらい、幸せな気持ちになる朝ドラを毎日見られて嬉しく生きてます。



井川遥が本当に麗しい!!!

水の中

元気にしています。



「春と盆暗」に出てくる女の子みたいに、電車のなかで呼吸してる。比喩じゃなく魚みたいに

春と盆暗 (アフタヌーンKC)

こんなに強烈な満員電車に乗ったのは生まれて初めて。ここまでぎゅうぎゅう詰めだとは!息が出来ないくらいに。
でも、漫画の最後のストローのシーンが尚更胸に響くから、この街に来た意味もあったのかもしれない。まだ少し続きますが、とても楽しかったです(自分の心を仮想化した感じだ)


タイトルはシュリスペイロフ。「水の中」、本当にきれいな曲です。狂おしいきもちになる
シュリスペイロフ、好きすぎる漫画『春と盆暗』の熊倉献とご対面 - インタビュー : CINRA.NET






誰かの好意に対して、わたしでなければならない理由を考えてみたら、ただそこにいるのがわたしだったから、ということしかなかった。心は軽くなったけど少し寂しいような。だけどやっぱり安心。



二年前のことを思い出す。好きなもの、当ててくれて嬉しかった。それだけでわたしでなければならない理由になった。

今でも一番好きなものは青だけど、あの日にきっとわたしは解放されたのだと思う。それまではいつも洋服のどこかに青が入ったものを着ていた。好きで着てたはずだけど、意地のようなものだったのかもしれない。でも、あんなに青まみれだったのに、誰も「青が好きなんだね」って言ってくれなかったんだよねぇ。そう、君がはじめて!





明日は大変な雨らしい。大丈夫かなぁ。


どこにいても、あまり変わらずにいると自分では思っているけど、きっと浮わついたり、いろいろ、あるんだろうな。テレビの生放送で見たトランペットの音、とてもいい音色だった。

柔軟でいたい。

さいしょのデートみたいに

楽しくやっています、今までとは違う街で。




ひょんなことから、二人でお出かけすることになった。美味しいご飯を食べて、お参りをしたりおみくじを引いたり、乗り物に乗ったり。

帰り際に、半日を振り返った。わたしじゃなくて、その人が。大人の男の人が、シンプルな絵日記みたいにその日の出来事を並べてくれた。楽しかった?って聞かなくても、たぶん楽しそうで、よかった。まるで、さいしょのデート。



朝に家をでると、ずっと住んでいた街とは違う空気。温度も日差しも違う。


志村正彦が、角を曲がったあとで消えないでと願ったのは、なんでだろうな。結局ずっと考える。特にこの街は、道端に咲く花もアスファルトで寝てる犬も眩しいから。



「ちょっと薄着だったね」と言ったお父さんに、「だいじょぶだいしょぶ」って、男の子が言った。きっと、お母さんの口癖だ。



心が震えるのは余裕があるからなのか、心が空いているからなのかな?





楽しくやってるといいな。


TEENAGER

そんな夜さ

 

いろいろなゴールテープを切って、宙ぶらりんのまま遊んでいました。楽しかった。こんな日がずっと続いたらそれはそれで悩み事が生じそうだけど、期間限定だからただ楽しい毎日。

 

 

 

最近改めて気づいたことは、わたしは日常のなかで好きな色や形を見つけることで幸せを感じる人間だということ。手に入れられなくてもいいから、なるべくたくさん目に触れられるといいなと思う。

 

きょう見た夕方の空はとてもきれいだった。話し込んで、外に出たらきれいな丸い月が浮かんでいて、幸せな日だと思った。なんだか今日は最後の日にふさわしいな、と思った。今日は学生として大学に行った最後の日。

 

新しい靴を履き馴らそうと思い、ついでに学生生活のうち1000日くらいを共有したゼミの同期のところへ行ってみた。恋人と3人で温かい飲み物を飲んだ。わざわざ3人でマグカップを洗いに狭いシンクまで行くと、一気にさみしくなった。 お話に出てくる別れみたいに涙を流したりはしないけど、確実に時間が過ぎていくなぁと思った。

振り返ると今年の1月は非常に長くて、3月なんて来るのだろうかと考えていた。それがもう4月なのだから、やっぱりわたし、気づいたらすぐにおばあちゃんになるな。生きていれば。でもきっと、この4月からはそんなに甘えたことばかりも言っていられなくて、時間が過ぎるのが長いこともたくさんあって、この、一瞬で過ぎた春休みのことを懐かしく感じるのかも。だとしたら尚更、こんなふうに過ごせてよかった。出かけようと誘ってくれるともだちがいて、家族がひとまず大病を患わずにいて、心のそばに恋人がいて、よかった。

 

 「たぶんまたすぐいつでも会えるけど」と言って3人で解散したあとで、同期がお土産を渡し忘れたからと言って、ほんとにすぐ再会した。さみしかったのは撤回しようと思った(だけどそのぶんやっぱり今さみしくなった)。大学に行けば誰かに会えて、話をして、そんなふうにこの2年間過ごしてきたのが終わるのは、やっぱりさみしい。むかつくこともいろいろあったけど。終わり際でさみしくなるのは人間の性質なのか、わたしの性格なのか、なんにしてもいやになっちゃうわ~。感傷癖。

 

 

 

いろんな人がいろんなことを言う事を知っている。それを忘れないようにしないといけないと思う。良いこと、正しいこと、間違い、常識、いろいろ聞いたり受け流したりする。考える。伝える。行動する。忘れない。忘れる。

 

よく考える。試行錯誤する。何のために生きていこう?って考えるのはだいたい暇なときだ。楽しく歩きながら考えたほうがラクなときもある。(歩きすぎたり暴走しないように、たまには立ち止まって考えること。)

 

 

何より、寿命を全うしたいなと思う。すきなひとがわたしの恋人で嬉しい。なるべく長く死なないように。わたしもきみも。心も体も。

 

 

 

大人になっても夜道を浮かれて歩くのかな?

 

そんな夜さ。

 

Climax Night

 


Yogee New Waves / CLIMAX NIGHT (New Version - Official MV)