青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

隣をのぞくと

わたしの街は、もう真夏のピークが去った



のんさんが出演する「LINEモバイル」の新しいCMが好き。本当にかわいいひと。たぶんカットされたのだと思うけど、「300円」以外にも口をパクパク動かしてるのがとてもかわいい。どうして雨降らせたんだろうな。それもなんかいい。若者のすべて


「最後の花火」という感覚はきっと、その土地ならではなのだろうな。と毎年この季節が来ると思う。



来る季節のたびに思い出すものは人それぞれ違うけど、みんな何か一つは持ってる。この曲に出てくる花火は、そんな普遍的なものを象徴している。そういう切なさがとても美しい曲だと思う。


わたしはなぜか、初夏になると雨の日のことをいつも思い出す。

飴色に染まってゆく

なにかに没頭できたときはとても嬉しい気持ちになる。夢中の切れ間でよく、好きな映画のことを思い出す。
今日ふと、ジョゼと虎と魚たちが思い浮かんだ。初めて見たときは池脇千鶴のような話し方に憧れた。2回目見たときはジョゼがかわいそうだと思った。3度目に見たときは、この映画を終わらせるにはこの結末しかないんだろうなとおもった。

最後に見たときに、くるりの飴色の部屋がとても良い曲だと気づいた。地味だと思っていたけど、イントロからずっと、ギターが鳴っていて切ない。

何年か前まで、誰もが思わずはしゃいでしまうようなメロディを作りたいと思っていた。ピアノもギターもクラリネットもフルートも、ぜんぶ中途半端で今はさわっていないけど、旋律だけでうっとりするようなことを思い付きたかった。1フレーズで良いから、発見したらそれだけで私の人生はいいと言えると思っていた。

今はだんだん音楽を聞かなくなって、それでもふと頭の中でなにかの曲が流れることがある。それは自分に勇気を与えるものや、うっとりするようなメロディではなくて、映像を引き立てるような曲。(わたしの、いまの)人生に必要なのは、それだけで成立するような曲ではないのだと思う。


聞くだけで過去を思い出したりする音楽。見ると懐かしくなる色や光や形。そういうもので生活が埋まっている。



思えば日記に日記らしいことを書いていない。これでいいんだろうか、とも考えてるけど、上と同じ考え方で、日々を思い出すときに我々が思い出しているのは出来事でなく、ありふれたことなのだとしたら、これでいいか



飴色の部屋



追記

はてなブログの関連記事の表示が正確。「思い出すこと」についての記事が表示されてた
きっと忘れない - 青のなかをもぐる

一貫性のある記事を書くと、的確に関連性を見つけてくれるのかも。前回は「なつやすみ」というワードで関連付けられてた(なのでこの一文によって、この記事の関連記事も変わってしまうかも)


仕組みが気になります。

夏休み気分

なつやすみの気分



平日の昼間は良い。ものすごいうれしい。学生の時も昼間は学校のなかにいたから、状況としては同じなはずだけど、やっぱり働き始めると拘束されている気分は否めないな、と思う。




なつやすみの気分のまま、デートをした。靴擦れしたり機嫌悪くなったりして、なんか3か月目のデートって感じがした。(あんまりよくわかんないけど)



自分のなかでつくった物語が、形になって動くのってどんな気持ちなんだろう?
そんな才能はないから、わたしは自分のためのセリフを言って、物語が進む。全部アドリブ。



写真を加工するのがあまり好きじゃないんだけど、いま持ってるスマホは加工したみたいに見える。加工ってきっと、画質を下げてるんだろうな。味わいのあるフィルムカメラの映りとは違う。でもこのスマホもときどき好きな写真が撮れることもあるから、もしかしたらフィルムカメラもそんな感じなのかも。良いと思うものが撮れるのってきっとなかなかあることじゃないね。フィルムカメラ持ってないからわかんないな
f:id:limon3:20180711141302j:plain

真っ赤な花。半分青いの鈴愛ちゃんは、恋をしているときいつも赤い服を着てる。ごめんね青春のひかりちゃんもそうだったな。

恋人はわたしが赤い洋服を着てるといいねっていう頻度が高い気がする。そういうものかな

穏やかに丸くなって眠る

かしましい女性たちが電車内にいて、そのうちの一人が下車するとこの車両全体が静かになった。みんなの安堵するため息が聞こえた気がした。


ふと、もう一度、宮城の美術館で見ることができる、丸くなって眠っている猫の絵のことを思った。美しい輪郭で、赤地の上にいる。長谷川という画家の絵。



穏やかに眠りたい。最近はずっと日中も、眠ることばかりを考えている。病室で眠り続けるしかない家族のことも考える。だいぶ回復してきたみたいでよかった。ゆっくり眠りたい。



これさえあれば全部がうまくいくウルトラCをもう探さなくてすむ。そんなものはないと知っている。一番近いのは、こっそり(何もかも忘れて)眠ること。

180704 Wed.

最近自分の言葉が伝わらない気がする。家族や職場のひとなど。

少し前までは、自分の言葉で話すだけでよかったから、気づかなかっただけかもしれない。


目標をたてようとすると、思い付かない。夢がないのではなくて、夢は夢のままであってほしいという、あまのじゃく。あと、不謹慎だけどハプニングが好きだ。


メールも何もなくて、電話と手紙だけの時代に思いを巡らせる。きっとそこでもわたしは文句を言うだろうなと思う。でも今はその不便さに憧れる。



わたしは何もないから、あの人がいてよかった。

ゆめ

忘れながら生きている。いろんなこと。
何に感動したかも忘れて生きている。


でも、ときどき思い出して、泣きそうになる。一緒に歩いた雨の日の坂道とか、夏の朝に通ったよくわからない砂利道のこととか。


だいたい思い出すのは、表情や話の内容ではなくて、歩いていたときの風景なのが不思議だ。


恋人と旅行をしたことが一度しかない。行く前は、いつもの散歩の延長みたいなものかと想像してたけど、こうして何度も思い出すといつも眩しい気持ちになるから、あれはとても特別な数日間だったのだと思う。旅行なんてすぐに行けるはずなのに、わたしたちはなかなか計画も立てずに、この周辺ばかり歩いている。新しい喫茶店にも気になるご飯やさんにも入らずに、いつだって同じカフェ、同じ本屋さんに向かっている。もしかすると新しいことが苦手なだけかも。でも、それが好き



地味な色が似合う人はいいな、と思う。地味な色が好きだ。わたしは地味な色に馴染んでいるだけで、似合ってはいないな、と悲しくなる。花やかな顔立ちや華奢な骨格を隠すように、落ち着いた色合いを身に付けている人を見ると憧れる。



今日も電車は満員で、椅子に座るわたしは顔を上げない。こうして仕事とは関係のない散文を書いている。
この一年で、日記を書かずにもいられることがわかった。ただ、書けないと心が消耗しているから、これはある意味リハビリのように続けていかないとならないと思う。手軽に日記が書けることが嬉しい時代。でもわたしはメールと電話しかなかった時代や、さらにいえば電話と手紙しかなかった時代が、憧憬として頭に思い浮かぶ。今と比べて何倍もの熱量で気持ちが行き交っていたようにみえるから。

いつも思うけど、これは日記というより言葉遊びの軌跡だと思う。この前朝ドラで見た、くるくるペンを回して花のような模様を描いているのに似てる。あの透明な色つきの定規と歯車みたいなやつ。書いてる瞬間は楽しくて夢中になる。


明日は好きな洋服が着たいな。早く土曜日にならないかな、とふざけて何度も言ってくれたことを忘れたくない。

180613 Wed.

(6月17日に更新、13日の日記)


風邪をひいた


家族からもらったのど飴が尽きて、ハローキティのかわいいポーチのおまけだったキャンディを口に入れた。メロン味。よく知っている味だった。

楕円や長方形で、表面がぶつぶつ模様がついている飴。おばあちゃんとデパートや遠足に行くと、いつもくれた。いろんな味があって、でも真っ白なのは辛くて食べられなかった。

とても懐かしい味。口ざわりも知ってる。



ときどき無敵になったり、もとに戻ったり、忙しい。今はなんだかとても弱気だ。風邪のせいだろうか。


はじめから大きな差がついているときはどうしたらいいんだろう。前なら自分は自分と思えたけど。