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青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

ここがどこなのか どうでもいいことさ

苦手な人が苦手だ。当然だ、それが苦手な人の定義だから。


忘年会などの行事は、「わたしがいる必要ないじゃんね」って思うので行けない。こわいから。ひとがこわい。どうしてわたしは大勢と仲良くなったりできないのかな。どんなところでも、こっそり気の合う人を見つけて、こっそり喋ったりしたがってる。


考えてみたけれど、わたしは日頃、人となにを話しているんだろう。
何を話したいんだろう。なにも話したくないのかもな。「結局わからないでしょう」っていう諦めがどこか漂ってしまう。





これまでの日記をさかのぼってみたら、本当に人を好きになってばかりいて驚いた。自分の事なのにあまり記憶にない。こまったものです。誰のことを書いてるのかいちいちわからない。ただ、没頭している瞬間についての描写は味わい深いものもあるなぁ、と我ながらちょっと感動しました。いくつか。


気が多くてまいる。そりゃめまいもするよね。四六時中くらくら。


サン・テグジュペリの「こんなにもあなたに執着しているのは、勝手にあなたのことを作り上げているからだ」みたいな言葉。わたしはもう5年近く、恋愛感情と執着の違いがわからずにいるということになる。固執を愛に見立てていいのだろうか。独占欲ではないのだろうな、とは思うけど。でも本当に、わたしは自分の世界のなかに君の分身を作って、一緒に過ごしてるみたいなところがあって、だからわたしが好きなのは君じゃないんだきっと・・・・・・!




強いて言えば口移しみたいにして思想をやりとりできればいいのになっておもってる。お互いの言語に関する翻訳機付きで。でも、この「結局100パーセントわかりあうことはできない」みたいなのが世界に余白を作っているのだとしたら、そんなのはやはり時空を歪ませてしまうことになるのかな。

わたしは全部欲しいな~





夏の景色。ここはどこですか?



生きていくことなんてなにもむずかしくないのにね。考えすぎなきゃだいじょうぶだよ。