いつか言ってみたい言葉は、そのまま自分の言われたい言葉なのかも、と考えていたけれど、わたしは誰かと似ているのが嫌だ。
それでも、本当に、ふと、「わたしとあなたは似てる」と言いたくなる誰かに出会えたなら、うれしくてくるくる回るかもなぁ。
自分に自信がない。もっと言うと、自信を持ちながらも否定されてしまった時への予防線として、そんなフリをして生きている。わたしは傷つくことを恐れている。不用意に傷つきやすいからだ。
イエスでもノーでも傷付くことに気づいて、わたしは無意識にイエスもノーも喜べる心理的体制を整え出した。その結果が「みんな好きなような気がする」「なんでも美味しく感じる」みたいなことなのだ。普通に良いものは良いし、もし良くないと感じたとしても、その良くなさが逆に良い。全てを絶対値でのみ受け入れる。曖昧に、微笑むことしかできない。
世界のなかで自分だけすごくズレてる気がして、例えば、時間なんかは、腕時計と携帯電話の時計だけでは信用できない。公共の場の時計を見るまでは安心できない。わたしそのものがずれている可能性があるから。SF?大それてるのかな。でも、ずっとそう。本当は
とはいえ、すべてものの見方次第で、わたしのモードで周りは変わるのだし、もうちょっと深呼吸したら。って自分しか言えない。多分わたしがわたしにばかり気を取られているから、誰もわたしに気づかないんだと思う。そして、わたしにまで気づくような人は、他の人のこともしっかり見ているから。
黒い丸いショルダーバッグが欲しいんです。大人みたいなやつ。小さめの。
心を満たそうと思ったら、やっぱり計画を立ててそれを達成したりしていくしかないね。あと好きなもの食べたり。
自分の大切なことに心を割くべきだな。わたしは時間に即して心を分けている。それだとなんとも効率が悪いみたいです。
心って大好きな人からもらうものなんだって。
大好きかー。
わたし、圧倒的に、人間的経験値が足りない。、わたしに足りないの、主にそれだし、それがたりないからいろいろ変なの。変だから足りないし、足りないから変。どうしようね。