青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

優しいあの子にも教えたい

体調がわるいのは心因性なのか生活習慣なのか、お医者さんじゃないのでわからないけどずっとほんのり体調がわるい


いつ死んでもいいなと思っていることが多いけど、好きな音楽を聞いて眠る前なんかは死にたくないなと思ってしまう。一日の終わりだから当然かもしれない。何かの終わりはいつも名残惜しい気持ちでいっぱいだから、便乗して死ぬのも惜しいのかも


5分でいいから毎日何かを書こうと思った。何がいいか考えてるけどきっとどれもラブレターみたいなものになってしまう気がする。


思えばこの日記だって「自分はこんなこと思ってたんだよ(どこかでちょっとでいいから届くといいな)」という気持ちがあって書いているものだ。自分のことを理解してほしいというのは愛だと思う。(違うよ愛って相手のことを思うことでしょ、って言われるかもしれない。それもそうかもね。でもわたしはこんなこと考えたんだよね、なんてなかなか普段親しい人以外には言えないから、やっぱり愛と呼ばせてもらおう)



好き、以外の言葉で、好きが伝わってしまうような言葉を紡ぎたい。



今日の俳句をタレントが作り、先生が講評をする番組で、言葉の組み合わせで視点や情景が鮮やかに変わるんだなと思った。俳句を読み解くことは推理みたいでかっこいいなと思った。



歌の歌詞も同じようなところがある。
例えばスピッツの「優しいあの子」

優しいあの子

タイトルから想像すると優しいあの子についての曲だと思うはず。普通の人間ならそんなふうにタイトルをつけるし。

でもサビを聞けば印象が変わる(書いてるだけで泣きそうになるな)

切り取られることのない
丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい

大切なポイントは「優しいあの子」は近くにいないということだ。でもその子を思い出して、この空のことを伝えたい。空の色の美しさに感動していることがわかると同時に、それを伝えたいのがあの子であること、そのふたつの純粋な気持ちが本当にきれいに収まっている。

もうほんと、この部分を説明するのがきっとすごく好きで、自分のノートに2回くらい書いてるんだけどその度涙がこぼれるから涙腺がばかになっているんだとおもうな…


ちょっと似ているのが、フジファブリックの「Stockholm」という曲の歌詞。

誰かが作った
雪だるまを見る
雪が積もる 街で今日も
君の事を想う

「優しいあの子」よりも直接的な、不在な相手を思い出してしまう気持ち。きれいだと思う。




言葉の裏の気持ちに共感できる瞬間がこれからもたくさんあるといいな。自分の言葉でそれを達成するには、もっと力を抜いて無意識に言葉をつないでいく必要があるんだと思う。それが意識的にできるのが天才かもしれない