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青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

傘がこわれた

強風で7年間使ってた傘が壊れた。この傘は、あのこと冒険家のまねごとをしたり、武士の戦いごっこをしたり、要するに思いでだらけで、でもぜんぜん気に入ってないドットの傘だった。壊れてもぜんぜん何も思わなかったけど、壊れたことをこうして日記にするくらいなので、気づかないなりにも心は喪失感に苛まれてるのかも。うぅう。


最近のことはというと、いままでどおりなにもなくて、なにもないというのは、何もない日々があるだけだということで、要するにまぁ特筆すべきことはないのです、好きなひとのことがあんまりすきじゃなくなったりだとかそういうことしかない。それはまぁ、果たしてなにもなかったかというと、元に戻っただけなのだから、やはりなにもなかったということになるのかしら。


だんだん村上春樹の小説に出てくる(性生活が奔放な)主人公の男の人がいう回りくどいジョークみたいになってきた。正直に言うとわたしはあれがとてもすきで、なぜすきかというと要するになにもないのだけれどそれを回りくどく言ったりしているところが、そしてそれがすぐにでてくるところや、意味を成さないところがすきなのだ。




「おいしいはなし」というグループの名前がとてもすき。わたしは声がすべてなので、曲はぜんぜんぴんときませんでした。


前にもいったかもしれなかったけれど、わたしは、「ノルウェイの森」でいうとワタナベのポジション、「ハチミツとクローバー」でいうと花本君のポジション、にものすごく憧れがあって、別にキズキや原田が死んでいるところとかは関係がなくて、恋人どうしの二人に寄り添うもうひとりみたいなのになりたくてしかたがない。でもそれってワタナベや花本君が男だからそうなりえたことなのであって、わたしはそんなふうになれないきがする。わたしとしては親友と恋人とわたしの3にんで遊んだりしたいけれど、でも気を使ったりしちゃうしね。わたしはそういうわたしがいやです。


仮にわたしが誰かのことを「このひとと付き合いたい」とか思うのだとしてそのときは「この人をわたしの恋人にしたい」とおもうのか「わたしはこのひとの恋人になりたい」と思うのかがすごく気になるところなのだけれど、実際にはそういうことはぜんぜん意味がなくて、そういうことばっかり考えてるからだめなんだよ!って神様とかはいうよね。わたしに都合のいいときにだけ現れる私の神様。

「こんな音楽をきいているひとはいやだ」とかおもったりしちゃいそうだからたぶんずっとひとりなんだとおもいます






この図書館にいつもいる司書さん?がシュリスペイロフ宮本さんににてる。


おしまい。