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青のなかをもぐる

オノマトペだけで通じあえたらいいのにね

煙草プカプカ 31と

楽しめるまでだらだら深くもぐりこもう


青空なのに雨が降っているとうれしい。



ceroをきく。


やらなくてはならないことがあって、なのにやりたくないの。締め切りがどんどん近づいてきていて、やらないと人に迷惑がかかるしなによりきっと自分が傷つくようなことなのに、机に向かってもぜんぜん進まない。

遠ざけるように、違うことに時間を費やして後回しにしがちなので、これ書いたら進めます。音楽聞かないようにやらないと…




時代の変化のことを思う。

部屋で川上弘美の本を読み漁っていて気づいたのだけれど、わたしの好きな本には身近な人どうしのつながりみたいなものが多くて、具体的にはインターネットがほとんど出てきてないかも。出てくるのも、パソコンとか、携帯電話とかを使ってるイメージのないひとたちばかりだ。そんなに古いものを読んでるわけじゃないと思うんだけど。というより、そういうものがこの数年で急激に普及しただけの話だろうか。
わたしはこの数年間ずっと手紙がほしいとおもってる。手渡しでもなんでもいいんだけど、封筒に入ってて正式っぽいやつ。わたしあてに書いてくれてるようなやつ。わたしも返信するよ。ていうか、わたしからならいくらでもかける気がする。でも渡してから嫌われたら困るから、先にもらいたい。わがままだ。超わがまま。でもほしい。ほしいオーラ出しながら生活したい。でも恥ずかしいから、しない

ざらざら (新潮文庫)

ざらざら (新潮文庫)



本棚の整理をしたら、細部の思い出せない本がけっこうあったから、読み返そうと思う。でも村上春樹のカンガルーのやつはほしい。


○   △   ◇


ひとと関わるのが、苦手なのか、自分のことを話すのが苦手なのか、人の話をきくことが苦手なのか、もうなんかよくわからなくなってきた。少なくともいえるのは、わたしには人のこと知りたいと思いながらも、自分のことを聞かれたら答えにくくて聞けない部分がある。好きな音楽とかで人を判断してしまいがち。
あと「自分より音楽詳しい人に会いたい」とか「面白い人と知り合いたい」と思ってるけど、周りの人はプロじゃないんだし、求めるのが間違ってる。たぶんお父さんは例外なんだろう。詳しすぎる。でもどうしたらいいんだろう(笑)やっぱりSNSで知り合えばよいんだろうか。というか根本的に、知り合ってどうするんだろう。転換待ちの退屈な時間とかがいやなだけで、終わった後一緒にご飯食べたりとかめんどう。わたしはラクして情報を得たりしたいだけかーそうだな。堂々巡りで、結局ひとりで良いか、ということになる。
でも、もう少し他人から幸せを得るみたいなこと、してもいいんじゃないかな



○   △   ◇


家の近くに、不思議な木があるの。見るたびに違うものが釣り下がってる。鍵とか、腕時計とか、キーホルダーとかマフラーとか。たぶんぜんぶ落とし物なんだろうな。なのに、クリスマスが近づくと、電飾で彩られてて素敵。
その木が、こんな秋に、黄色い花をつけていた。ひとつじゃなくてたくさんだったから、たぶん落とし物とかじゃない。この家に住み始めてから、今数えたら15年になるけれど、初めてのことで、嬉しいとかより「あらまぁ」って感じだった。

清竜人がデビューしたのって19歳なのかって思って、うわわーって思った。堺雅人が大学3年で中退して事務所に入ってるのとかも、うわわー。


いま人生で一番ってくらい停滞している。これっていう原因はとくになくて、わたしがやりたくないことをやろうと決めてしまったり、この2年間は特に色々なことを怠ってきたからだとか、自分の才能のなさを思い知ってることだとかが関係していると思う。ここまで客観的にみていてどうして進もうとあんまり思えないんだろうな。

さっき、布団にくるまって「やらなくてはならないことがあるのに何もしたくない」って検索してみたら、「やりたくないことは止めたほうがいい」だとか「時が来るのを待ったほうが良い」とかいう回答ばかりだった。ぜんぜん答えになってない。やらなきゃなんないんだって。もう決まっちゃってるんだから。(というか冷静になってみたら、検索エンジンは質問に答えてくれるものじゃないですね。)




いつか何かが開花したりするんだろうか。祈ってるだけじゃだめだとおもうんだけど。そこだよね、まずは。


○   △   ◇


ひとは何時間でもだらだらできるとおもう。少なくともわたしは、紙と鉛筆があれば、しばらくだらだらできるから、気をつけないと。



あの子の声や話し方が好きなんだと思った。一人で歩いているとき、ときどき思い出している自分がいる。ほんの一瞬だけど現実ばなれする。


わたしは物理学のことはまったくわからないけれど(だって、数学で4次元っていったら、同列な変数が4つってことだと思うから)、きっと、3次元に時間軸を足して4次元と言ったひとがいま近くにいたとしたら、絶対好きになってしまうとおもう。

誰かを思うとき、きっとわたしたちは4次元にいる。それはたぶん、ここなのにここではないどこか。楽しさも悲しさもなくて、ただそこに存在するだけなのだ。




いよいよ雨が本格的になってきた。



流れ星を探してた夏の日のこととかを思い出したり忘れたり。